十二 ある割合に寒い午後です。
十二
ある割合に寒い午後です。僕は「阿呆(あほう)の言葉」を読み飽きましたから、哲学者のマッグを尋ねに出かけました。するとある寂しい町の角(かど)に蚊のようにやせた河童(かっぱ)が一匹、ぼんやり壁によりかかっていました。しかもそれは紛れもない、いつか僕の万年筆を盗んでいった河童なのです。僕はしめたと思いましたから、ちょうどそこへ通りかかった、たくましい巡査を呼びとめました。
「ちょっとあの河童を取り調べてください。あの河童はちょうど一月(ひとつき)ばかり前にわたしの万年筆を盗んだのですから。」
巡査は右手の棒をあげ、(この国の巡査は剣(けん)の代わりに水松(いちい)の棒を持っているのです。)「おい、君」とその河童へ声をかけました。僕はあるいはその河童は逃げ出しはしないかと思っていました。が、存外落ち着き払って巡査の前へ歩み寄りました。のみならず腕を組んだまま、いかにも傲然(ごうぜん)と僕の顔や巡査の顔をじろじろ見ているのです。しかし巡査は怒(おこ)りもせず、腹の袋から手帳を出してさっそく尋問にとりかかりました。
「お前の名は?」
「グルック。」
「職業は?」
「つい二三日前までは郵便配達夫をしていました。」
「よろしい。そこでこの人の申し立てによれば、君はこの人の万年筆を盗んでいったということだがね。」
「ええ、一月ばかり前に盗みました。」
